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第117話 眠りの中の声

Author: marimo
last update publish date: 2026-09-12 20:13:06

 深夜二時。

 中央総合病院は、昼間とは別の場所のように静まり返っていた。

 人の気配はほとんどない。

 照明も落とされ、長い廊下はどこまでも白く、どこか現実味が薄い。

 足音さえも吸い込まれてしまいそうな静寂の中で、優はまだ帰っていなかった。

 社長室から持ち込ませたノートパソコンは開かれたままだ。

 画面には重要な資料が表示されている。

 会社の決裁事項。

 海外案件。

 今後のスケジュール。

 普段なら一瞬で判断できることばかりだった。

 だが今夜だけは、何一つ頭に入ってこない。

 何度、画面をスクロールしても、視線は同じ場所に戻ってしまう。

 ガラス越しの、久遠ひかる。

 それだけだった。

 規則正しく鳴るモニター音。

 小さく上下する胸。

 生きている。

 それだけが、今の救いだった。

 優は無意識に拳を握った。

 生きている。

 何度も心の中で繰り返す。

 それなのに、胸の奥に張りついた不安は消えなかった。

 医師の言葉が蘇る。

「今夜が山です」

 つまり、いつ容態が急変してもおかしくない。

 その言葉を聞いた瞬間から、優の中では時間が止まっていた。

 もし、このガラスの
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  • 誰よりも、君だけを―裏切られた私が、主演女優賞を獲るまで―   第117話 眠りの中の声

     深夜二時。 中央総合病院は、昼間とは別の場所のように静まり返っていた。 人の気配はほとんどない。 照明も落とされ、長い廊下はどこまでも白く、どこか現実味が薄い。 足音さえも吸い込まれてしまいそうな静寂の中で、優はまだ帰っていなかった。 社長室から持ち込ませたノートパソコンは開かれたままだ。 画面には重要な資料が表示されている。 会社の決裁事項。 海外案件。 今後のスケジュール。 普段なら一瞬で判断できることばかりだった。 だが今夜だけは、何一つ頭に入ってこない。 何度、画面をスクロールしても、視線は同じ場所に戻ってしまう。 ガラス越しの、久遠ひかる。 それだけだった。 規則正しく鳴るモニター音。 小さく上下する胸。 生きている。 それだけが、今の救いだった。 優は無意識に拳を握った。 生きている。 何度も心の中で繰り返す。 それなのに、胸の奥に張りついた不安は消えなかった。 医師の言葉が蘇る。「今夜が山です」 つまり、いつ容態が急変してもおかしくない。 その言葉を聞いた瞬間から、優の中では時間が止まっていた。 もし、このガラスの向こうから心拍音が消えたら。 もし、二度とその瞳が開かなかったら。 考えるだけで、呼吸が苦しくなる。 ――俺は、また失うのか。 五年前もそうだった。 大切だったものから逃げた。 自分の気持ちを認めることが怖くて、ひかるを傷つけた。 そして五年経った今も、優は彼女への想いを胸の奥に閉じ込めていた。 社長として。 一人の男として。 何もなかったような顔をして。 だが、今になって思う。 そんなふうに自分を偽ってきた意味など、あったのだろうか。 優は腕を組み、壁にもたれたまま微動だにしない。 ただ、ひかるを見つめ続けていた。 そのとき。 微かな音がした。 最初は空耳かと思った。 だがもう一度。 ……動いた? 優は反射的に立ち上がった。 椅子が床を擦る音が、静かな廊下に響く。 ガラスに手をつき、身を乗り出す。 ひかるの唇が、わずかに震えていた。 看護師が気づき、すぐに医師を呼ぶ。 慌ただしく人が集まる中、優だけが時間から取り残されたように動けなかった。 ――ひかる。 声をかけたい。 名前を呼びたい。 けれど、怖かった。 期待して、また絶

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